中学校社会科教師Pikaryaの記録

中学校社会科教師4年目。「自由と自治」がモットー。学びのポートフォリオとしてのブログ。ホームページはこちら。https://www2.hp-ez.com/hp/bunburyodo/page1

最後の道徳はエンカウンター【クラス全員の「よいところ探し」】

自分の勤務校は、来週の月曜日が終業式。3月26日(月)。中々遅いんです。

 

というわけで、3月23日(金)まで授業がありました。ちょうど道徳が入ってくれたこともあり、クラス最後の道徳。

 

ありがちな実践だけれども、1人1分で、「ありがとう」「いいところ」を書いて回していく「よいところ探し」を実施。

 

ちょうど書き終わるまで1時間かかったのだけれど、みんな良い顔をして受け取ってたなぁ。

 

自分の親密圏とは良く話はしていても、それ以外の人たちからは、良いところを認められたり、感謝を伝えられたり、そういったことってあまりないのが学級という場所だと思うし、自然なことだと思う。

 

でも、だからこそ、たまに承認されたり感謝を伝えられたりすると、嬉しい。よく使われる用語で言えば自己肯定感がグッと上がる。自分に自信が持てる。もし自分がもらえたら大事にするだろうなぁと思って、実践しました。

 

「クラス全員のよいところ探しを最後にやるよ」

と伝えて

「えぇー!」「浮かばないよそんなの」「無理」

とは誰も言わない程度に、学級の人間関係は紡げたのかな、という気はしています。

 

だから、赤坂真二さんの学級経営論で言えば、「子どもの自由度増加期」まではいけたのかなぁって。次の「自治的集団期」までには、大きな壁があるのだけれどねぇ。

 

ただ、この活動も、手放しで良いとは思っていません。

 

例えば、学級が解散するこの時期に実施することで、学級への所属感を高めすぎやしないか、ということ。

 

まぁ、「よいところ探し」くらいなら大丈夫だろうと思っているのですが、レクやらなんやらやりまくって、子どもたちに「前のクラスが良かった」と最後に思わせすぎてしまうのは、所属感や凝集性は高めても、学年経営的な視点や学校経営的な視点、それに加え、個の成長という視点から見ても、不十分な学級経営なんじゃないかな、と思うわけです。そういった構造には陥らないように、この時期は気を使っています。

 

もちろん、自分も「前の校長の方が良かった」「前の学年主任の方が良かった」などなど、言うけれどもさ。一気に自分に視点を落とすと、「前の方が良かった」って言ってるなぁ(笑)。

 

うーん、さっき書いたことって、清く正しく美しくすぎないかとか、学校側の論理をマイルドに押し付けすぎてはいないかとか、自分にできないことを子どもに要求していないかなとか、振り返ってしまった。

 

でも、子どもたちにとっては担任もメンバーも選べないのだし、それは教師である自分もそう。だから、前年度と本年度の落差がなだらかになるように最後は整地しながら学級を閉じていくことも、学級担任の仕事の一つになるのかなぁなんて、思うわけです。そんなわけで、所属感を高めすぎないというところに、力点を置いています。

 

さて、月曜日の終業式までに、学級通信を何枚か用意しなければいけません。

 

土日はどちらも部活動なので(笑)、ちょっと職員室で作業させてもらいます。