中学校社会科教師Pikaryaの記録

中学校社会科教師4年目。「自由と自治」がモットー。学びのポートフォリオとしてのブログ。ホームページはこちら。https://www2.hp-ez.com/hp/bunburyodo/page1

若者が投票に行かないのは社会科の敗北か?【教育現場ができること】

若者の投票率が低い

若者が政治に関心がない

 

と、選挙があるたびに巷ではよく言われます。

 

総務省|国政選挙の年代別投票率の推移について

 

昨年度の衆議院議員選挙でも、20代の投票率は33%だったのに対し、60代は72%と大きく開きがあります。こういった結果を見ると、若者は政治に関心がないのではないか、と言われても仕方がないのかも。

 

こういう話が社会科の勉強会に出ると

 

若者が投票に行かない。それは社会科の敗北だ。

 

と言われることがあります。特に、元校長さんとか、少々偉い人の独演会で言われることが多いように思います。

 

ただ、自分はそういう捉え方で良いのかな、と疑問に思う部分が多分にあり、今日は

 

「若者が投票に行かないのは社会科の敗北か?」

 

というテーマで書いていきたいと思います。

 

まず、社会科にできることと社会科にできないことを整理したいと思います。

 

 

① 社会科にできることと社会科にできないこと

さて、実は社会科にできることって、あまりないんじゃないの?というのが自分の考え。

 

まずは、現行の学習指導要領に従えば、社会科という教科は内容教科です。1・2年生では、週3時間の配当時間で地理的分野と歴史的分野を並行に学習し、明治時代までを学びます。3年生では週4時間。第一次世界大戦以降の歴史を学びます。主権者教育に関わる分野は、歴史的分野の近現代史を含め、実質的には3年生になってからです。

 

歴史的分野の戦争に関わる分野では、治安維持法国家総動員法の機能を実感を通して学び、国政に参画する必要性を痛感させたり

国政の分野では、マニフェストを読ませ、模擬投票を実施してみたり

地方自治では、模擬市長選を実施してみたり、模擬政策討論を行ってみたり

 

いろいろ試してはいます。単元の構成で、もっと社会参画意識が高まる進め方はないか模索中です。

 

ただ、一教科でできることって、それが限度なのかな、とも思います。

 

政治への関心は高まる。政治に参加しなきゃいけないとその場では思う。

 

でも、言ってしまえばその程度。それ以上の意識にはいかない。

 

それ以上の意識とは、「自分が政治に参加すれば、世の中が変えられる」という実感。そこには社会科という一教科では到達しない。

 

自分が政治に参加すれば、世の中が変えられる」。口で言うのならば誰でもできます。それっぽいプログラムも組むことができるでしょう。でも、このような感覚を本気で得るためには、自分たちが政治を変えたという濃厚な体験が必要。それは社会科では難しい。

 

では、その濃厚な民主主義の体験はどこで得ることができるか。自分は、それこそ、学校教育の大きな役割とすべきなんじゃないか、と思っています。

 

そこらへんに関しては、この本の書評で強く書きました。

 

スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む: 日本の大学生は何を感じたのか

スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む: 日本の大学生は何を感じたのか

 

 

では、続いて、公教育の現場について。

 

② 公教育の現場

では、実際の公教育の現場は、民主的な状況なのか。

 

その点には悲しくなることが多くって。。

 

特に中学校だからでしょうか。子どもたちを無視して、学校のルールが決定されてしまうという状況が非常に多いです。無言清掃、全力校歌、部活動全員加入、靴下の長さの議論、などなど。上意下達型。子どもたちは先生が言ったルールに従うだけ。そして、その子達が良い子とみなされ、従えない子は問題児とみなされてしまう現実。。

 

生徒指導事案って、学校の構造が生み出しているんじゃないの?ということは、昔書きました。

 

 

 子どもたちが自分たちで学校のルールを考えたり、変えたり、そんな経験が全然できないという現実。ルールを守ることをひたすら求められる環境。。

 

義務教育の9年間で、学校のルールすら変えることに参画できなかった子どもたちが、18歳になって、急に国のルールを変える国政に参画せよ、と言われて、「自分が政治に参加すれば、世の中が変えられる」と思うのか

 

思うわけないじゃん!

 

というのが自分の今の考え。

 

 

ここに書き留めた苫野一徳さんの言葉が、今の自分の問題意識を端的に表しています。

 

学校が民主的に物事を決定できる場でなければ、その後の世の中が民主的な世界になるわけがない。

裏を返せば、学校が民主的な場として機能すれば、その後の世の中は民主的な場として機能する。

 

これが、自分の結論。もっと端的に表せば

 

若者が投票に行かないのは社会科の敗北か?否。公教育の敗北である。

 

これが自分の結論です。

 

管理的な教育を進めてきた日本。ルールに従うことのみをヒドゥン・カリキュラムとして刷り込んできた日本。。その結果、義務教育9年間で、「政治参加しても、何も変えられない」という意識を子どもたちに熟成させてきた日本。。。

 

その罪は重いよなぁって。。。

 

日本はもっと、民主的な教育を進めなければいけない。例えばこんな学校みたいに。

 

 

そして、今は私立のオルタナティブスクールばかりだけれども、そういった民主的な場が公教育で当たり前に実践されていく世の中に変容させなければいけない。

 

それが自分のです。

 

ただ、まずは自分の学校からということで、来年度、立場が変わりそうなこともあり、民主的な生徒総会に変容させることを画策中。初年度から大きく変えようとしすぎない。あくまで第一歩を踏み出す。先生方にも生徒たちにもじっくり理解してもらう。そんな意識で、早め早めに計画を立て、根回しをして、何とか現場を少しでも民主的な方向に変えていきたい。

 

まずは学級。部活動。そして、学校。足元から少しずつ変容させていこうと思います。