中学校社会科教師Pikaryaの記録

中学校社会科教師4年目。「自由と自治」がモットー。学びのポートフォリオとしてのブログ。ホームページはこちら。https://www2.hp-ez.com/hp/bunburyodo/page1

夏が終わる前でよかった

どこかに理想の実践の現場などあるわけはなく、今の現場でやれていることこそに価値がある。


ズドーンと響いた、夜。


自分の力のなさを棚に上げ


環境のせいにして


自分は悪くないと思い込む


そんな自分が


無意識にいたことに気づく


いや


無意識ではない


分かってはいたけど気付かない振りをしていたんだろう


周りのせいにしちゃダメだと


言葉では理解してるのに


心では理解できてない


夏が終わる前で良かった



原理から考えると【今年は苦しみの渦中】

実践から考えるタイプの人と


原理から考えるタイプの人と


それぞれ様々なタイプの人がいると思うのだけれども


自分はどちらかというと、原理から考えたいタイプみたい。


だから、今の自分の行っている教育が、原理に即してないと、キツイ。。


民主主義

自由と自治


という原理が自分の根元にあるのに


校則を押し付ける在り方

細かなところまで注意しなければならない生徒指導


が現実には自分の学校で行われていて


しかも、今年は生徒指導担当にもさせられ、、


毎日毎日、自分の中で信念対立。。


心にもないことを生徒に指導しなければならない自分への失望。葛藤。表向きの生徒指導と自分の本心をせいりできず、子どもたちの前で悶えてしまっている感じ。。


苦しい。。



子どもたちが学びのコントローラーを持つ

パッション

没頭


という原理が自分の根元にあるのに


受験に向けて興味関心に関係なく学ばさせられる学校教育や社会の在り方

パッションよりも学習内容が先行する在り方


自分の授業は、まだ改善できる。

ただ、学年の受験への取り組み方なんかは、もうどうしようもない気がしちゃって。。


苦しい。。


もちろん、自分で変えていかなければならないところはたくさんある。


まだまだ実践不足であったり、影響力不足であったり、及ばないところは多々ある。


にしても


現状の公教育の実際は、自分の根元にある原理からは大きく離れていて、、苦しい。。



本物に触れる【建築士を目指す友人に会って】

担任している生徒に二人、建築関係の仕事につきたいと言っていた子が二人います。


その子たちに


建築士を目指してる友達がいるけど、話聞いてみる?」


と聞いたら


「是非!」


というので、建築士を目指している友達に、生徒二人と会ってもらい、たくさん話をしてもらいました。


その友達は、ただ建築士を目指しているってだけではなく、東京大学大学院で学んでいて、スペインの有名アトリエに留学して学んでいる、「本物」の気質の友達。


話を聞いてみると、全然自分の知らない世界。


彼は自分がデザインしたもののポートフォリオを持ってきてくれたのですが、こんなにも細かく、そしてこんなにもスケールの大きいものをデザインしていくのか、と圧倒されました。


生徒たちも、「すげー」を連発。


「本物」に触れるって、モチベーションを触発するんだなぁ。


百聞は一見にしかずというけれど、100回の講義より1回の「本物」だなぁ。


生徒が

「どんな時に建築士を目指して良かったと思いますか?」

と質問したら


彼は

「好きなことをずっとやれてるから、それが一番かな」

って。


うん、彼にとって建築をデザインすることは、趣味であり、遊びであり、没頭できる対象なんだよね。


落合陽一さんが言われる、ライフ・アズ・ワークの世界。


それって最高だよなぁって思う。


「本物」に近づいていく人って、絶対に没頭してる。


一人一人が自分のやりたいことに没頭できる世界。そんな世界を作っていかなきゃいけない!とあらためて思う。 


自分が目指したい教育が、変化しながらも定まってていっているのを感じる。


彼は10月から働くみたい。彼に自分の家を作ってもらいたいなぁ。お金と相談じゃ。


そして、自分にとってのライフ・アズ・ワークを徹底的に見つめていきたいな。


書評の更新!【6冊】

政治に関する書籍として。

 

1冊目はこちら。

 

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

 

 観光って、これから人口が減少して内需が減っていく日本にとって、外貨を獲得するための手段として非常に大切な業態だと思うのだけれども、課題がたくさんあるんだなあ、って気付かされました。本書の主張に、真摯に向き合っていくべきだと自分は思ったなぁ。

 

書評はこちら。結構書きました。

www4.hp-ez.com

 

 

教育書として。

 

2冊目はこちら。

マンガでやさしくわかるモンテッソーリ教育

マンガでやさしくわかるモンテッソーリ教育

 

 先日、子どもが生まれたので購入!読んでおいてよかった。少なくとも、幼児期の子どもへの向き合い方に余裕ができたなぁ。

 

 

3冊目はこちら。

10年後の仕事図鑑

10年後の仕事図鑑

 

教育関係書じゃないのだけれども、書評は教育関連のことばかり書いたので、教育書の書評に。 公教育の現状って、、辛いなぁ。

 

 

 

教師論として

 

4冊目はこちら。

これからの世界をつくる仲間たちへ

これからの世界をつくる仲間たちへ

 

こんな在り方で生きていきたい。そして、こんな学び方ができる学校が作りたい。

 

書評はこちら。

 

 

社会科教育として

 

5冊目・6冊目はこちら。 

はじめての考古学 (あさがく選書4)

はじめての考古学 (あさがく選書4)

 

 

わかる・身につく歴史学の学び方 (大学生の学びをつくる)

わかる・身につく歴史学の学び方 (大学生の学びをつくる)

 

 

歴史家の時間のワークショップを行いたいのであれば、まずは考古学や歴史学の仕事を知らなければいけないと思って読みました。ヒントがたくさんあった!ただ、自分がやるべきことは、考古学者や歴史学者の人に話を聞いたり自分がその学びに没頭してみたりすることだよなぁ、とも思った。

 

初任の時と比べると、選んでいる本が全然違うなぁって思い、なんだか自分の変化を感じます。 

大学の授業を参観しての雑感

縁あって、先日、フィールドワークに関する大学の授業を参観してきました。

 

自分の関心から参観させて頂いたため、詳しいことは書けませんが、コンテンツは自分には大ヒット。その地区の役所の職員さんが、豊富な資料をもとに、地区の現状の解説をしてくれました。

 

だったのだけれども、、

 

思ったことを書きたいと思います。

 

 

①学びとは?

 

見ていて、開始30分で、大学生が4人寝てしまっていました。50分経過し、半数が寝てしまっている授業でした。

 

コンテンツとしては、非常に魅力的だな、と思った。でも、そのコンテンツの魅力は、受けている大学生には、正直伝わっていない。

 

それはなぜか。もちろん、授業の進め方もある。例えば、協同的な学びの場を取り入れたり。でも、それは小手先。

 

一番は、学びへの没頭感がないということ。つまり、授業を受けている学生に学びへのパッションがないということ。大学生は多分、単位が取れればOKなんだろうなぁ。正直、自分も大学の講義では、結構寝ていたなぁと思う。高校の授業も相当寝ていた。自分が受け持っている中学生でも、教科によってだけれども、寝ている子はいる。

 

講義形式で寝ないってどんな状態か。

 

もし授業が全て講義であったと仮定する。聞いているだけ。しかも教師は、生徒が寝ていてもうるさいことを言わない。さて、そのような時間であっても寝ない授業ってどんな授業か。

 

それは、受講者側に高い学習欲があるかどうか。パッションがあるかどうか。それに尽きると思う。そうでなければ「学び」は起こらない。いかに、良かれと用意した講義でも、その学びに対して、学習者のパッションがなければ、ダメ。

 

つまり、一見、「学びの受動者」であっても、ハートでは、「学びの主体者」でなければ、講義による学びは成立しない。

 

逆に、そもそも「学びの受動者」である人間には、講義による学びは、意味をなさない。「指導はあるけど、学びがない」の典型が起きていた。単位のための講座になってしまっている。

 

そのような講義に対し、少しでも子どもたちに思考させ、判断させ、表現させ、子どもたちを少しでも「学びの主体者」たらしめようとするのが、アクティブ・ラーニング。例えば、今日の講義であれば、「資料を配布し、特徴を読み取ってもらう」「なぜ?という疑問について考え、議論し、答えを出す」など、工夫はいくらでもできた。

 

しかし、アクティブ・ラーニングの限界は、本当の意味での「学びの主体者」に子どもたちを変えられないこと。その瞬間は、子どもたちの思考はアクティブになっている。しかし、子どもたちの思考は、授業で途切れる。なぜなら、本当に学びたいことを学んでいるわけではないから。

 

言い方は悪いけど、小手先感は否めず。

 

コンテンツがパッションに先立つ。学習指導要領によって、学ぶべきコンテンツが所与として決定されてしまっているのが、苦しい。

 

コンテンツがパッションに先立つ状態で行われるアクティブ・ラーニングを茂木健一郎さんは、似非アクティブ・ラーニングと呼んでいたけれども、自分は結構この言葉に賛成なんだよなぁ。

 

 

書評はこちら 

 

では、どうすれば良いか。パッションがコンテンツに先立つに変えること

 

その人が学びたいことからスタートするのが一番。ゴリさんがいう「学びのコントローラー」を、できるだけ「学び手」が持てるようにする授業。現状、最も学びの在り方として適切なのは、サドベリー・バレーの在り方だなぁ、と思う。しかし、学費が…。何とかならんかなぁ。

 

もし、コンテンツが先立たなければならないのであれば、丁寧に丁寧に、パッションがコンテンツに向くように仕向けていかなければならない。

 

例えば、質問づくりであったり、スパイダー討論であったり、諸々のプロジェクト型学習であったり、個々の探究学習であったり。授業であれば、そう。

 

社会科教育の世界であれば、如何に子どもたち一人一人のパッションを生かして、授業をデザインしていくことができるのか。

 

 自分の当面の課題は、そこにあるなぁ、と思った。

 

 

 ② 外部の方の教室への入り方

 

外部の方は、素敵なコンテンツを持っている。ただ、そのコンテンツが、生徒の学びにつながらないのが寂しい。「子どもたちのパッション」と「素敵なコンテンツ」を繋げる「コーディネーター」の役割が大切なのだろうなぁと思う。

 

あくまで、外部の方が教育現場に入る前提は、「子どもたちのパッション」が先立っていることだと自分は思う。建築士に興味がある。だから、建築士の事務所にインターンに行く。これが最も自然。サドベリー・バレーは、この考え方で実践しているんだよね。

 

もしくは、外部の方の持つ専門性を「子どもたちのパッション」を掻き立てるものに変えられる方がいるかどうか。それは多分、外部の方のコンテンツの魅力というより、外部の方の学びの在り方の魅力を如何に伝えられるか、ということなのだと思う。外部の方が持ってるパッションを如何に聴衆の目前にありありと見せることができるか、ということなのだと思う。

 

うちの地区は、税に関してうるさい地区で。

 

税務署の方の税に関する講座を、必ず1時間作ってくれ、というのです。

 

一度実施した時に、正直、とっても辛い1時間になってしまいました。

 

生徒は誰も、その講演に対してパッションを持っていない。そんな状態でずっと講義。。

 

今年もそれをやらないといけないのかぁ、、と。

 

どうデザインすれば、「子どもたちのパッション」と「素敵なコンテンツ」を繋げることができるのかなぁ

 

質問づくりをして、税務署の方に質問をぶつけるとか。

予定調和にはしたくないけど、質問表とか渡さないといけないのかなぁ。。

 

「税の作文って税金の無駄じゃないですか?」

 

とか、それぐらい切り込んでも大丈夫ってんなら、やっても良いなぁって思うのだけれども。

 

話してみたいと思います。

2学期以降の授業について【『学び合い』+ワークショップ+プロジェクト】

もうお盆の時期に入ってきました。

 

後2週間ほどで2学期が始まります。

 

あぁ、夏休み、後1ヶ月伸びないかなぁ

 

と思い始める今日この頃(笑)

 

そろそろ2学期の授業を真剣に考え始めなければと思い、今のところのメモをざっくばらんに書いておきたいと思います。

 

①1年生地理的分野

1年生の地理は、「世界の諸地域」のオセアニア州以外が残っています。

 

自分は

オセアニア南アメリカ→北アメリカ→アフリカ→ヨーロッパ→アジア

 

と教科書と順序を大幅に変えて実践しています。

 

というのも、教科書に最初に書かれているアジア州は、最も地域の特色が多様。東アジア、東南アジア、南アジア、西アジア中央アジアって、5つの区分ごとの特色を扱う構成になっている。

 

それって、最初にしては重すぎじゃないか?

 

というのが自分の単元構成を変えた根本の理由。

 

こんなことを言ったら怒られてしまうかもだけれども、オセアニアはオーストラリア、南アメリカはブラジル、北アメリカはアメリカ、と上記の3地域は、それぞれ一カ国扱えば十分みたいなところがあると思うんですよね。

 

だから、最初に持ってきて1カ国だけで押し切っちゃう。

 

こんな考え方で、実践していこうかな、と。

 

授業の内容は、アジア州以外は、全部『学び合い』

 

例えばオセアニア州を例に。2時間目の授業。

 

1時間目は、資料から「質問づくり」。その「質問づくり」を行ってでてきた問い。

 

「オーストラリアの貿易額はなぜ急激に増加したのだろう?」

 

上記の問いを解決していく授業。

 

資料を4つ用意。その4つの資料から顕著な特色を読み解く。そして、その顕著な特色を関連づけると

 

「オーストラリアの貿易額はなぜ急激に増加したのだろう?」

 

の解に辿り着くという『学び合い』

 

こっちが資料を用意し、解も用意してしまっているので、「予定調和」。

 

本当は、自由に資料を集めて、この問いの解答を出してみて。そして、クラスで最も納得のいく解に収斂させていこう、とやりたいところ。

 

ただ、授業時間の確保が難しかったので、資料を用意して教師の認識に資料から辿り着く形にしてしましました。

 

だから、満足している授業ではないのだけれども、現状ではこの形で、ヨーロッパ州までは進めていこうと思っています。資料活用の技能であったり、その資料を関連づける思考力であったり、そういった部分を伸ばしていきたいという考えです。

 

実は本格的な『学び合い』は、今年から初めて授業に導入したのだけれども、子供達は一生懸命頑張っているなぁ、と思います。『学び合い』は考え方、という部分が、自分には腹落ちしたかな。「なぜ『学び合い』が大切なのか?」。子供達の将来までを考えて語り抜いて、子供達の何人かに腹落ちしているかで、『学び合い』の成否が決まるなぁって。

 

まぁ、自分が実践していきたい授業の在り方は『学び合い』ではない。「全員達成!」で子供達を縛りすぎてしまう在り方に、自分の目指すべきゴールはここではない、と感じてしまう自分がいます。もっと、「学びの個別化」が成立していて、一人一人が自分の興味関心に応じて、課題も自分でつくって進んで行っている感じが理想。ただ、現状の公教育においては、『学び合い』はベターだと思う。あくまで、『学び合い』は通過点として実践しているのですが『学び合い』の効用はとても実感できました。

 

アジア州は、「将来、最も経済成長する地域はどこだろう?」をテーマにして、自由に資料収集や調べ学習を行い、マイクロディベートを開催しようかな、と思っています。

 

 

①1年生歴史的分野

 

1年生の歴史は、できれば「歴史家の時間」という名で、ワークショップ型授業を展開したいと考えています。

 

歴史的な知識を習得して、活用する。

 

国が求めているアクティブ・ラーニングの形だけど、習得→活用という流れは、学習の流れとして自然なのだろうか、という疑問が自分には強くあって。

 

多分、習得の前には、本当は興味だったり、情熱だったり、必要性であったり、切実感であったり、そういうものがないといけないんだと自分は思う。

 

興味、情熱、必要性、切実感のない状態での習得って、正直、使う場面は受験だけ。だから、無意味な習得はさせたくない。

 

そんな課題意識のもと

 

政治史の部分では、テーマをこちらで決めてのスパイダー討論

文化史や民衆史の部分では、実物教材や絵巻物などの観察からの質問づくり、からの探究

 

こんな授業をイメージしています。

 

じゃあ知識事項はどうするの?ってことで、それは、プリント配って1時間か2時間で『学び合い』をして習得したことにすれば良いかなぁ、ってイメージです。

 

その『学び合い』を単元の最初に持ってくるべきか、後に持っていくべきかは、今は悩み中です。

 

自分にとっては結構チャレンジングなので、勇気がいる実践なのだけれども、絶対子供達にとっては、こっちの方が学びになると思うんだよなぁ。

 

やっちゃえ!!と思っています(笑)

 

 

①3年生公民的分野

 

3年生は担当学年。ただ、一番迷っているのも3年生。

 

 

3年生は

 

国政→経済→地方自治

 

という順番で授業を構成していこうか、と考えています。

 

そこでのテーマは、プロジェクト

 

あるプロジェクトを達成するために学ぶという、学びの必然性を高めるような単元構成を作っていきたい。

 

経済では

「経営者の時間」

会社の経営計画を作り、経営者や起業家教育に関係している方に評価していただければ、と。

まだまだネリネリ段階なのだけれども、そんなプロジェクトを授業で実施してみようかなと、考え中。

 

学習指導要領上習得すべき知識は絶対に漏れるので、得意の『学び合い』でカバーかな(笑)

 

地方自治では

「市長に立候補!」

チームから1名、市長に立候補をし、市長選を戦う。

世論調査から政策の立案、演説会、討論会などを実施し、地方自治の本旨を学んでいく。

 

国政は、どうしようかなぁ。

一人の人間の人生を追ってみようかなぁって思っています。

「政治家の時間」

「この世の中を変えたい!と思った(自分の名前)。世の中を変えるために政治家なることを決意!①選挙②国会③内閣(総理大臣にもなる)④逮捕(裁判所へ)」みたいな。これを、模擬選挙、模擬国会、模擬行政、模擬裁判、みたいな、模擬の連続で進めっていったらどうかなぁ。

 

うーん、微妙かなぁ。予定調和なのと、最後、逮捕されるんかい!ってとこが(笑)

 

3年生はまとまってませんねぇ。

 

とりあえず、こんなことを考えています!

未来の先生展2018【今から楽しみで仕方ない!】

未来の先生展というイベントが、9月15日(土)、9月16日(日)に開かれます。

 

www.mirai-sensei.org

 

箕面子どもの森学

サドベリー・バレー

東京シューレ

シュタイナー学園

イエナプラン

 

などなど、オルタナティブ教育に関する学校が、多数講座を開催するみたい。

 

ここ最近、公教育よりも、オルタナティブ教育の自由な学びに関心が高い自分にとっては、絶対に参加しなければいけないイベントだな、と思う。

 

オルタナティブ教育に対して、素敵だなぁ、と思うことはたくさんある。でも、それはあくまで理念的な話であって、実際に直接体験してみたり話を聞いてみたりしたわけではない。

 

このイベントでオルタナティブ教育の実際に、少しでも触れられればいいな、と思っています。

 

二日間、マックスで空けなければ。自分の人生にとって、このイベントへの参加は必須な気がする。

 

他にも

 

授業づくりネットワーク

N高

国際バカロレア

電通アクティブラーニング

Most Likely to Succeed の上映

探究学習の様々な実践

 

などなど。自分の関心にズバっとヒットしている講座が盛りだくさん。どこに参加しようか、迷う迷う。

 

今から楽しみです。自分の人生が動くきっかけが得られそうな予感がしています。