中学校社会科教師Pikaryaの記録

中学校社会科教師4年目。「自由と自治」がモットー。学びのポートフォリオとしてのブログ。ホームページはこちら。https://www2.hp-ez.com/hp/bunburyodo/page1

離任式の計画【生徒会活動の集大成】

自分の学年にいらっしゃった先生が、事情があって、2学期から教育委員会の方に移動になりました。急なことだったので、離任式もできていなかったんですね。

 

その先生は指導力抜群。多くの生徒から人気。もちろん、自分も大尊敬する先生でした。

 

そしたら、うちの生徒会長。

 

「学校がやらないなら、私たちで離任式をやる!」

 

という決意のもと、子どもたちだけで実行委員会を作ってきました。

 

離任式の実行根拠をつくるため、学年の生徒に話し、意見箱に85枚もの陳情を入れさせて。

 

素晴らしすぎる!

 

校長さんに相談したら

 

離任式に関しては、全体で行うのでいつも通りの形で、学年離任式は、子どもたち主体でOK、ということになり

 

「お前ら、最高じゃん!学年離任式は任せたわ!」

 

との一言しか自分は言わず。1週間後、8枚にも渡る離任式の企画書を作ってきました。

 

本当に、この子たちすごい!

 

移動された先生には皮肉かもしれないけれども

 

この子たちのその先生への強い想いを感じるとともに、この子たちの生徒会活動の集大成がここに集約されているなぁ、って感動。

 

ずっと、自分たちで企画を考え、企画書を作って提案し、プロジェクトを仲間とともに作り上げ、実行することをやってきた2年間。

 

その活動の一つの集大成がここにあるんだなぁって。

 

何だか、感慨深い時間でした。

 

離任式の練習も、当日までの準備も、すべて子どもたちが自分たちで主体となって運営していくんでしょう。

 

あとは、見守るのみ。

 

本当に素敵な子どもたちです!

 

未来の先生展③ フリースクールの未来について

今回の未来の先生展では、フリースクールの未来について、めちゃくちゃ考えた時間でした。

 

フリースクールのブースでの話。

 

1人あたり月に平均3万3000円頂くのが平均らしい。

そして、人数的には、1つのフリースクール平均10.5人。

つまり、月の収入でいうと、平均35万円くらいか。

年収でいうと400万円くらいかな。

 

そこから家賃を引き、光熱費を引き、人件費を引き、諸々の税金を引いていくと、余るのって、家族を養うにはほど遠い金額。

 

つまり、一般的には、仕事として成立しづらい。。

 

うーむ、フリースクールが増えない現状には、経済的な要因が大きいのか、、と納得。

 

自分はフリースクールって、もっともっと必要だと思う。

 

ブースでの話にもあったけれども、今の日本の教育って、メニューが一つしかないレストランに近い。エビチリしか食べれませんみたいな。

 

でも、エビアレルギーの人はどうするんだろう。そこには行けない。

 

となると、そのゴールは行かないという選択肢。つまり、不登校

 

エビチリもある。そばもある。パスタもある。みたいな、多様な選択肢を取れるように、日本の教育は変わっていく必要があると思う。

 

不登校じゃない子でも、今の公教育に合わないと思ったら、経済的な要因をあまり気にせずに通わせることができるようなオルタナティブな学校がもっと増えるべきだと思う。

 

例えば、箕面子ども森学園とか。

kodomono-mori.com

 

例えば、きのくに子どもの村学園とか。

www.kinokuni.ac.jp

 

多様な教育の選択肢が、たくさん国になってほしいな。しかも、経済的な負担ができるだけかからない形で。

 

理想論なのかなぁ。

 

そんなことをフツフツと考えていた時間でした。

 

自分には何ができるのかなぁ、と悩みながらでした。

 

 

 

 

 

未来の先生展② サドベリーについて

八ヶ岳サドベリーのスタッフさんと生徒さんと直接お話しをさせて頂くことができました。
 
そこで、この前サドベリーに行った時に浮かんだ疑問が、お話を伺うことで、深く理解できました。
 
例えば
 

「ずっとゲームをしていても、それも学びって捉えるの?そもそも学びという概念がないの?」

 

という疑問について。

 

凄いなぁ、と思ったのは、この質問には生徒さんが一瞬で答えたんですよね。

 

「学びって自分が決めることでしょ?」

 

って。

 

電気が走ったなぁ。

 

そっかぁ。あんだけ学びは没頭だ、とか、主体性は大切だ、とか言っておきながら、自分はまだ学ぶ主体の外側から、学びについて語ろうとしている。

 

スタッフの方がおっしゃっていた

「今、彼が学んでいるかどうかってわかります?」

って質問。

 

うん、確かに、分からん。

 

たしかに、その人が学んでいるかどうかって、外から見ている自分には全く分からない。学びとは完全に、学ぶ主体のもの。

 

サドベリーの理念、凄いなぁと感動。

 

続いて

 

「話し合い中遠くでゲームしてて話を聞いていなくても評決には参加する。それって民主主義?」

 

これはスクールによっても扱いが異なるというか、提案するスタッフや生徒によって扱いが異なるよう。

 

提案者が聞いてほしい!と思えば、聞いて!と言う。

特に聴いている風に見えなくても良ければ、何も言わない。

 

対等な関係性の中で聞いてほしいと思うか、それに尽きるみたい。

 

俺は多分、聞いてほしいと思う。そして、聞いていないのであれば、評決に参加すべきでないと対等な関係でも思う。

 

でも、そうじゃない人もいる。

 

だから、そこで話し合ってルールが作られる。そういうものなのだと理解しました。

 

うん、表面だけ見たんじゃ分からんなぁ。話を聞いて初めて深く理解できた気がする。

 

最後。

 

「学びの世界が、各サドベリーの環境要因に大きく依存しないのか?」

 

つまり、池が近くにあるサドベリーでは釣りができる環境にある。ないサドベリーではできない。

 

サドベリーって、大きく環境に左右されるんと違う?

 

って思ったのだけど、そこは一言

 

「常に学びは開かれている」

 

サドベリーでは、何でもできる。何かできないのであれば、自分が動かないだけ。

 

価値観が徹底されている。

 

まだまだ理解不足がたくさんあると思うのだけれども、サドベリーの徹底された理念に感動を覚えた時間でした。

未来の先生展2018 ①PMI

未来の先生展2018。絶対に参加しなければと思い、部活の生徒には申し訳ないな、と思いつつ、2日間参加。

 

www.mirai-sensei.org

 

今週は、外に出まくった日々でした。

 

イデアを実現できる力をつける「プロジェクトマネジメント教育」のすすめ! by 一般社団法人PMI日本支部

 

自分の興味関心は、PMI(project Management Institute)と、PBL(Prpject Based Learning)やPA(Project Adventure)との違いは何なのか、肌で体感してくるということでした。

 

そして、明確な違いが分かりました。

 

PMI(project Management Institute)とは、プロジェクトそのものの進め方を学ばせるための理論であり実践。

 

従って、プロジェクトの定義が明確です。

 

 ①目的や成果が明確になっている(独自性)  
 ②始まりと終わりがある(有期性)  
 ③使える資源(人、物、お金)や時間(期間)に制約がある(資源制約性)  
 ④最初は詳細なことが決まっていないがだんだん具体的になってくる(段階的詳細化)

 

この4つが含まれていればプロジェクトであると、定義しています。

 

 

そしてプロジェクトによって

 

「実現したいアイデアを、決められた時間の中で、みんなと協力しあって、満足するものを、実現できる」

 

ということを目標にした理念であり実践がプロジェクトマネジメント。

 

つまり、PMIは

「プロジェクトそのものをうまく実践していくスキル」

の育成を目的にしている。

 

そのプロジェクトを実施することで、この知識を学び取らせよう!とか、クラス内の人間関係が良くしよう!とかは二の次。

 

体験講座として

紙コップ5個・竹串20本・シール5枚をつかって、50cm以上のタワーを作る!

というプロジェクトを体験しました。

 

その時に示されたことは、以下の5つ(短く意訳しました)

 

スコープ   最低でも50cmのタワーを作る。ただし、タワーの頂点はコップ。

タイムコスト 10分以内。余った時間につき加点。

品質     タワーは完成報告から5分間、自立しなければならない。

リスク    時間や材料を使い切るのは危険。

コスト    使わなかった材料の数で加点。

 

まさに

 ①目的や成果が明確になっている(独自性)  
 ②始まりと終わりがある(有期性)  
 ③使える資源(人、物、お金)や時間(期間)に制約がある(資源制約性)  

が明確になっていて、やりながら 

 ④最初は詳細なことが決まっていないがだんだん具体的になってくる(段階的詳細化)

を経験していくプロセスになっている。

 

 

プロジェクトそのものをうまく実践していくスキルにこだわっているということが明確になっているなぁ、と思います。

 

コンテンツの提示の仕方や段取りの組み方など、現場の先生も含め、話し合っていけば、もっと良いものが作れるだろうなぁ、と感じたし、1時間ぽっきりではなく、何十時間にもわたるプロジェクトマネジメントの実践を開発できたら魅力的だなぁ、と思いました。

 

社会科で言えば、特に公民的分野で実施できそう!

 

続いて、PBL(Prpject Based Learning)やPA(Project Adventure)の違い。この2つは、どちらかというと、教育界の問題から発案された実践なんですね。

 

PBLについては、カリキュラムを組む時に、学ばせたいことを明確にすることを大切にする。すなわち、プロジェクトのそのものをうまく実践するスキルを習得させることは、目的の一つであっても第一義ではない。

 

習得させたい知識や見方・考え方、スキルを主体的に学び取らせていくプロセスとして、学びをプロジェクト化する実践であるとも言える。

 

でも、それは擬似プロジェクトではなくて、本物のプロジェクトとして構想されているから、陳腐なものでは全然ないと思うけど。

 

PAに関しては、プロジェクトって部分にそんなにこだわっていない気がするなぁ。それよりも、安心感の熟成や子どもたちの関係性の構築、チャレンジする気持ちの育成などなど、チャレンジすることによる教育効果を狙った取り組みであると思う。

 

それに対して、PMIの方は

 

「教育関係のプロジェクトを名乗る団体は、プロジェクトが何だか定義できていない。プロジェクトって何か聞いてみてください」

 

とおっしゃっていたけど、ちょっと攻撃的すぎるなぁ、と思っていて。

 

そもそも出発点が全く異なるのだから、PBLやPAの実践を、PMIが持っているプロジェクトという明確な定義で読み変えていけば、とても強固なコンテンツになっていくなぁ、と自分は思ったんですよね。協力できないのかなぁ。

 

 

最初の講座から、生かせると思ったものと出会えて、かつ考えさせられた時間でした。

EDUTRIP in 関東 を終えての振り返り

最近、更新がストップしてしまっていました。

 

インプットはしていたのだけれども、アウトプットまで情熱を繋げることができず。。

 

休息期間という感じでした。

 

そんな中、勤務校の体育祭が終わったタイミングで、9月11日〜13日の三日間で、教育の世界を中心に回ることができる武田緑さんが企画のEDUTRIPin関東があるということを発見。

 

参加しなかったら絶対に後悔する!と思い、即断で決意。学校に、「3日間休ませてください」とお願いしたところ、勉強のためなら行ってきな、と快く送り出してくれました。奥さんに「どうしても行かせて!」と相談したところ、いってらっしゃいと優しく送り出してくれました。ありがたい。

 

ということで、EDUTRIPの振り返りから、ブログを再スタートしていきたいと思います。

 

シューレ大学

 

シューレ大学について | シューレ大学 Shure University

 

母体は、東京シューレという不登校生徒を中心に対応するフリースクールです。

 

フリースクール東京シューレ

 

 

オルタナティブな大学のため、大卒の資格を得られる大学ではありません。

ただ、実施していることは、とっても魅力的!

 

入学しても、決められたカリキュラムはありません。自分で学びたいことを学び、1年に1度、学びの成果を全体に発表します。

 

学び方も多様。一人で探究しても、対話を繰り返しても、何でもOK。

 

必要に応じて手助けしてくれるアドバイザーも多様。平田オリザさんや上野千鶴子さんの名前があるなんて、スゲー。

 

卒業の年度も決まっていません。自分が、この大学では十分学んだ、と思ったタイミングが卒業の年。

 

探究したいことを探究できる。素敵な学びの場だなぁ、と思いました。

 

しかも、その学びを一気に深いものにしているのが、シューレ大学の方々の自己探究の深さ。

 

不登校経験者の方が多いというのもあると思うのだけれども、自己探究への切実さやエネルギーがすごい。皆が本気。そして、その探究を、誰もバカにしない。だから、安心して、自分をさらけ出し、探究していける。

 

そして、自分を見つめ直せたからこそ、自分から始まる探究も本物になっている。

 

そんな風に自分は捉えました。素敵すぎる環境。何らかの形で、今後も繋がれたら嬉しいなぁ、なんて思っています。

 

千代田区麹町中学校

 

ホームページはこちら。

 

千代田区立麹町中学校-トップページ

 

固定担任制の廃止、宿題の撤廃、などなど、一般の公立中では当たり前とされている数々の取り組みを見直し、新たな改革を打ち出していることで有名な学校です。

 

工藤校長先生のお話を2時間以上伺えました。

 

工藤校長の実践はこちら。

 

 

工藤校長が何度も何度も強調していたのは、最上位の目的から考えるということ。 

 

現在の学校は、目的が手段に成り代わってしまっていることが非常に多いとの指摘。例えば、宿題を出させることが目的化してしまっていたり、作文を書かせることが目的化してしまっていたり、修学旅行に行くことが目的化してしまっていたり。

 

しかし、それは、教育の大目標からしたら、手段でしかない。

 

じゃあ、目的とは何か?

 

工藤校長は、「学校は、人が社会で生きて行くためのコミュニケーションや経済活動を学ぶ場である」と定義していた。

 

その大目標に照らして考えたら、学校現場の多くの実践は見直されなければいけないのではないか、という主張。そして、口で言うだけではなくて、ガンガン実践してしまうという男前さ。

 

上記で紹介した記事。ぜひ、読んでみてください。勇気が出てきます。

 

 ③ 湘南サドベリースクール

 

今回の旅で一番行ってみたかった場所。

 

湘南サドベリースクール

 

自分は、もともとサドベリースクールのことは知っていました。しかし、それは本から得た知識だけ。

 

notatsu0621.hatenablog.com

 

伺って感じたことは、徹底されているなぁ、ということ。

 

子どもとスタッフの間に権威性がない。対等。もちろん、敬語は使っていない。でも、バカにもしていない。

 

公教育では、敬語を使っていないとなめられていると感じる。サドベリーでは、そんな感じは全くしない。だって、上下関係が存在しないんだから。

 

じゃあ、子どもたちは敬語を使えないのか?と言えばそんなことはない。自分たちには、敬語を使って対応しているんだよね。 

 

関係性をしっかり見極めながら対応しているんですよね。素敵です。

 

 サドベリーの理念に当てはめれば

 

スクールにいっても、基本的には何をしても良い。ずーとゲームをしていてもOK。

 

「ずっとゲームをしていても、それも学びって捉えるの?そもそも学びという概念がないの?」

 

とか。

 

話し合いに参加するかどうかも、その子達の意志に任される。

 

「話し合い中遠くでゲームしてて話を聞いていなくても評決には参加する。それって民主主義?」

 

とか。

 

サドベリーでは、何を学ぶ、と決められたものは何もない。

 

「学びの世界が、各サドベリーの環境要因に大きく依存しないのか?」

 

とか、終わってみると疑問がたくさん湧いてきて、その疑問は、未来の先生展にいらしていた八ヶ岳サドベリーのスタッフと生徒さんに、なるほどぉ、と納得する答えを頂きました。

 

それは次の記事に。

 

大人数でおしかけた中で内部を見せて頂いたスタッフと生徒のみなさんに感謝したいです。

 

一般社団法人「そっか」

 

逗子にある豊かな山や海などの自然。

その自然と豊かに触れ合える機会を子どもたちへのコンテンツを中心に、地域全体に広げる取り組みをなされている。

 

ホームページはこちら!

 

SOKKA | 逗子の森里川海を舞台に、大人も子どもも皆で一緒に遊びと暮らしをつくる地縁コミュニティー

 

説明を聞いた時から、めちゃくちゃ素敵だなぁ、と思った!

 

地域のリソースを活用し、豊かな自然に触れ合える機会がたくさんある点

 

地域の大人と子どもたちが触れ合い、本物の体験をできる機会がたくさんある点

 

大人たちが、本気で楽しんじゃっている点

 

逗子への押し付けがましくない、自然な愛情が感じられる点

 

こんな場があるなら逗子に移住したい!と思えた。

 

中々地域の人間関係って、今の時代は閉ざされがち。

 

だからこそ、こんな場が、各町に生まれれば、皆豊かに暮らしていけるだろうなぁ。

 

この旅では、そっかが主催する小学生を対象としたとびうおクラブに参加させて頂きました。

 

浜辺で鬼ごっこをしたり、海の中でサップをしたり、シーカヤックを漕いだり、海中ばすけをしたり、体を動かしまくった約2時間。

 

楽しい時間でした!

 

ありがとうございました。

 

トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園

 

飯能市にある無料で入れるムーミン谷をモデルにした公園です。

 

www.city.hanno.lg.jp

 

ステキな家はいくつかあるけど、何か遊具があるかと言えば、特にない。

 

遊びは自分たちが作り出すって感じ。

 

そして、それが良いなぁって。

 

今の時代って、遊びが与えられすぎている。

 

遊園地にしても、TVやゲームにしても、コンテンツが先に与えられ、子どもたちが自分で工夫して遊びを作り出すってことがあまりなくなってきてる。

 

自分たちで自由に遊びを作り出せるように、という発想。

 

素敵だなぁ。もう少し大きくなったら、子どもを連れて来よう。

 

一点気になったのは、無料で収入がないのにも関わらず、年間1800万円の維持費がかかるということ。市民の税金がそこに投入されている。

 

飯能市は消滅可能性都市に挙げられている自治体。

 

そんな自治体にとっては、この公園は、内実では大きな負債なんじゃないかなぁ。

 

無料というのはムーミンの作者であるトーベ・ヤンソンさんの想いを反映しているからとのこと。

 

ステキな理念。ただ、理念だけで今後もたちゆくのか。

 

年間、20万人の来訪者が来ると言っていた。

 

1人100円でも2000万円。

 

小中学生以下は無料にするとかすれば、理念は維持されるのではないかなぁ。

 

せっかくステキな公園なので持続可能性は保持して欲しいと思いました。

 

自由の森学園中学校・高等学校

 

最後は自由の森。略して自森。

 

www.jiyunomori.ac.jp

 

学びとは競争ではないとの理念のもと、テストは廃止。納得できないルールは作らないという理念のもと制服はなし。

 

アンチ公立という感じの学校ですね。

 

雰囲気は、好きです。

 

いたるところに、子どもたちの自由が保障されている。 理念にも、学園の雰囲気にも、自分はシンパシーを感じます。

 

また、教科へのこだわりが強いのがこの学校の特色かなぁ。

 

だからこそ、教科の枠組みが大きく尊重されている。

 

そこは良くも悪くもだと思う。

 

良くも、については、教師の専門性が非常に高いのだろうなぁって。

 

自分が見させて頂いた世界史の授業は、それはもうすごかった!

 

悪くもは、許可を頂いていないので書けないので、直接話す機会があればその時に。

 

あと、学食が美味しかった!

 

⑦振り返り

 

実は、今回の旅。

 

自分の教育に対するバイアスが明らかになった旅でもありました。

 

自分は現場の実践者ということもあるので、教育現場を見る度に

「自分だったら、これは実践していく。自分だったら実践しない」

という、自分の実践を中心に見ることがあります。

 

でも、一緒に行った方は多様で

「合う合わないはあると思うし、自分もあまり納得はできていないけれども、多様な選択肢になるから、この学校はあって良いと思う」

などなど、俯瞰して教育を見られている方も多くって

 

自分の視点って、実は非常に狭かったんだなぁ、と感じさせられたんですよね。

 

振り返りの時にその点に気づかせていただいて、振り返りの大切さを痛感した出来事でした。

 

実際に6つ回って感じたのは、自分の教育に対するテーマ。

 

自由と自治

 

がずっと、最大の自分の教育テーマだと思っていました。

 

でも、色々回ってみると、今心の中に残っているのは

 

主体性

 

言い換えれば、情熱を向けられるかどうか。没頭できるかどうか。

主体性って何?

自分がやりたいことにチャレンジするのが主体的?

でも、自分がやりたいことだけやってても、なんとなくTVをしてゲームをしているだけの時間って、主体的と言えるの?

外部から与えられたチャレンジの中から没頭していく時ってある。それは主体的じゃないか。

うーん、まだまだ整理がついていない。

 

でも自分は、子どもたちの主体性を大切にしたいのだと思いまうs。

だから、自由に自分の学ぶ内容や学び方を選択できることが大切だと考えるし、みんなで話し合ってルールを決めていく自治的な環境が大切だと考えます。でも、主体的になれれば、外部プロジェクトでも全然問題ないと思います。

 

ってことは、主体性って、自分にとっては、自由や自治の上位概念なのか?

 

と考えると、何かそれも納得がいかぬ。

 

自由と自由の相互承認

 

もう一回、苫野さんの本を読んでみよう。

 

そして、自分には塾考の時間が足りないなぁ。もっともっと考えてみよう。

 

最後に。

 

やっぱり実際の教育現場を見てみるってことはめちゃくちゃ大切だなぁ、と思いました。

 

自分は、自由と自治という言葉に惹かれすぎているきらいがある。でも、サドベリーや自由の森を見て、良いなぁと感じた部分はたくさんあったけど、違和感もあって。その違和感を大切にしたい。

 

本だけでは、違和感は感じられなかった。肌でその場を見ることができたことは、本当に幸せでした。

 

思い切って、エイヤッ、と参加して良かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

応援団は学ランを着るべきか?【夏の猛暑問題を考える】

自分は高校時代、應援團の団長をしていました。

 

そして、今年も母校の野球応援を見に行ったのですが、学ランを着た応援団が熱中症でどんどん倒れていってしまって。。

 

どうすれば良いのかなぁ、とモヤモヤしていた時に、こんな記事に出会いました。

 

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自分は素敵な記事だなぁ、と思い、OBの皆さんに報告。そしたら、様々な意見が出てきて。

 

基本的には、リベラルな意見が多かったですが、應援團のアイデンティティに関する意見も多数見られて。

 

こだわりが見えて面白かったなぁ。

 

現役団員って、学ランを着るという発想を崩すことは中々できない。

 

こういった考え方もあるんだよ、って伝えてあげる。

現役が考えて決めていいんだよ、って勇気付けてあげる。

OBは現役の決定を尊重するよ、って見守ってあげる。

 

そんな姿勢が大事かなぁ、と思います。

 

近年の猛暑は尋常じゃないですからねぇ。

 

常識にとらわれない改革。していって欲しいなぁ、と思っています。

夏が終わる前でよかった

どこかに理想の実践の現場などあるわけはなく、今の現場でやれていることこそに価値がある。


ズドーンと響いた、夜。


自分の力のなさを棚に上げ


環境のせいにして


自分は悪くないと思い込む


そんな自分が


無意識にいたことに気づく


いや


無意識ではない


分かってはいたけど気付かない振りをしていたんだろう


周りのせいにしちゃダメだと


言葉では理解してるのに


心では理解できてない


夏が終わる前で良かった