中学校社会科教師Pikaryaの記録

中学校社会科教師4年目。「自由と自治」がモットー。学びのポートフォリオとしてのブログ。ホームページはこちら。https://www2.hp-ez.com/hp/bunburyodo/page1

自分の核はここかも?【探究が腹落ちし始めている】

今日、部活で掲示した言葉。


卓球を探究する!


子どもたちが、日々の部活動で、探究して振り返って、そこから新たな探究が始まって振り返って、を延々と続ける。


今日はどう自分が成長していけるのかな?


成長実感を味わいながら、ワクワク部活に取り組めていける感じ。


そんな部活をデザインしていきたいな、と思っています。


そのために具体として何をするか。


今のところ


・探究する意義の理解

→何度も何度も様々な角度から価値を語る。価値を語らせる。振り返りと実践のサイクルで、探究の価値を自覚化させる。また、良いモデルになってくれるOBの大学生の子が外部指導者で来てくれてるので、 近くで探究の価値を体感できる環境にある。やっぱし、学校の外に学びはあるなぁと思う。


・日々の振り返りを大事にする。

→部活後の振り返りの時間。毎日ペアを変え、ペチャクチャと。卓球ノートも毎日、一行は書く。今は自分が見てコメントしているけど、生徒が見合ってコメントしていくようにデザインしていく。


・上達するための方法の選択権(学びのコントローラー)が生徒にあること

→生徒個々に練習を選択する裁量権がある。


今はこんなところかなぁ、と思う。


部活が良い方向に変わりそう。



そして、部活を変えているうちに、学校の様々な部分って探究ベースで考えると魅力的になるんかなぁ、って気づく。


クラスを探究する

体育祭を探究する

合唱コンを探究する

受験を探究する


自分の価値観にスゥーと入って来る感じがして、心地よい。


探究ベース。全てが繋がっていきそうな予感。


歴史家の時間の構想がグルグル

歴史家の時間。


どうしようかなぁと考えてて。


思考の順。


1

学習指導要領からの質問づくりからの探究


太智さんの科学者の時間の実践にモロに影響を受けでした。


ただ、違和感は二つあり。


一つは、歴史家って学習指導要領から問いは作らないよね、という根本的な疑問。


もう一つは、指摘して頂いたのだけれども、これだけだと調べ学習に堕してしまうかもしれないなぁ、という疑念。


この二つが、自分が心から納得できない感じを生み出していました。


続いて構想したのはこちら。


2

歴史家の中でも解釈が分かれたり、探究に値すると考えられたり、一人一人の評価・判断が分かれる歴史的な問いについて探究し、スパイダー討論。


例えば

「文明が発生した地域と発生していない地域の違いって?」

など、こちらが課題を提示。

調べる時間を与えてのスパイダー討論。


最後は、歴史をどう解釈するかという評価・判断に関わっていくのが大事。


そう考えれば、非常に魅力的かなぁって。


ただ、まだなんとなーく納得できていなかった。


何だろう。


もっとモノに触れたり絵画に触れたり、そういった歴史的な資料から出てくる生の感覚がないなぁと思ったのが一つ。


もう一つは、やっぱ問いは子どもたちから生み出させたいという思いもあった。


多分、単元によってはスパイダー討論がベストな単元もある。ただ、違う単元もあるよなぁって。


そして、今日思いついたのが3つ目。


3

古代では、実物教材をたくさん置いておく

黒曜石の打製石器縄文土器土偶弥生土器、金印のレプリカ、銅鐸、はにわ、などなど。

その実物教材に触れながら、自由に質問づくり。そして、作った質問を探究。


中世では、絵巻物が良いな!一遍上人絵伝とか。


これが一番、歴史家っぽいかな。主体的な探究が生み出されそう。


てな感じで、歴史家の時間の構想が、絶賛広がり中。


毎日毎日考えが変わり、その過程が面白いなぁって自分で思っています。


是非、何か実践のヒントがあれば教えてくださーい!


PS

母親って凄いなぁと感じる今日この頃。

自分が抱くと大泣きの息子。妻の母が抱くと、一気に静かになる。心地よいんだろうなぁ。母ってスゲー!



ビーイング作り【部活改革や!】

今日は、部活の目標決めとビーイング作り。


朝、集合してすぐに新人戦の目標を決定することに。


あっさり決まるかなぁと思いきや


優勝派

準優勝派


に分かれて議論。


超難航笑


というのも、今年は他校が強くて

「優勝は現実的じゃない」

という議論もあり。


ただ

「優勝を目指すプロセスが大事なんだ」

という意見もあり。


なんか、まとまらない笑


真剣に議論しててめちゃくちゃ良いんだけど、対立になりそうだったから

「皆が納得するようにどうやって決めるか、考えてみたら?」

と介入。


そしたら、いつもは静かな1年生から


「このまま話し合っていても埒があかないから、それぞれのメリット・デメリット上げて、小グループで話し合ったら?」


という意見が出る。


皆が

「スゲェー!」

と感動。


自分も

「スゲェー!」

と感動。


そして、話し合った結果、全員が納得した形で


優勝


が目標になりました。


高い目標になりましたねぇ。良いと思います。


昔の自分だったらすぐに

「メリットとデメリット比較してみれば?」

とか言っちゃいそう。


ひどいもんだと

「目標って高い方が良いよなぁ」

とか誘導しちゃいそう。


うん、今日はゆっくりじっくり待てました。良かった良かった。


たったこれだけの目標決めと、その後のビーイング決めに、2時間以上かかったけど笑


でも、逆に言えば、この目標決めに2時間飽きずに真剣に話ができるってのも、スゲーな、とも思う。


真剣さがずっとあった。良いこと良いこと。


これからは、毎日毎日ビーイングの前で振り返りをして部活を終わりにします。


うまっちからもらった


部活動って探究だよね


の言葉。


自分には、大大大ヒット。


部活動を探究プロジェクトにどうデザインしていくか、長い旅が続きそうです。



第一子誕生!

今週は激動の日々でした。


というのも、祝第一子誕生!!


火曜日の昼休み、妻から学校に電話が。


「小さな陣痛が来たんだけどね、、小さな陣痛のたびに、やや(赤ちゃんのことをそう呼んでました)の心拍が弱まっちゃってね。。とりあえず、来て」



いやいや、ヤバイやんか


ということで、病院へ直行。


このまま産むと危険なので、帝王切開


考える暇もなく、どんどんことが進み、子どもが産まれました。


うん、奥さん頑張った!

赤ちゃんも頑張った!

お医者さん、本当にありがとう!


なんか、色々なことに感謝感謝でした。


その後の水木は年休を頂き奥さんと赤ちゃんの元へ。


先生方も、自分が年休を取ることを言わずとも、代替の計画を組んでくれていました。本当に恵まれた温かい職場だなぁと感謝感謝です。


今日は、赤ちゃんがずっと泣き止まず、母の苦労を目の当たりにしました。


家で赤ちゃんを育てる母親の方が、外で仕事をしてくる自分の何倍大変か、痛感しました。


子育てをしなきゃ分からないことが、たくさんあるんだろうなぁ、と思います。


一つ一つの子どもの変化に喜びを感じる日々。


そんな初心を忘れないように、日々を過ごしていきたいなぁ。


そして、子育ては探究。


なぜ子どもは泣いてるの?何をすべきなの?


大変ではあるけれども、その探究を楽しみながら、奥さんと一緒に日々を楽しんでいきたいものです。


明日からは、学校にもどります。


子どもたちには何を話そうかな。


ぐるぐるモヤモヤ【風越コラボに参加して】

昨日は、風越コラボに参加してきました。


色々と考えることがあった。でも、自分のこれからの実践が大きく変わりそうな気もする。


以下は感想。


・自由と自由の相互承認。自分はまだまだ腹落ちしていない。だからこそ、現場での実践は、その軸からズレたりズレなかったり。自由に生きるための教養=力能って何?特に教養ってどこまで必要なの?自由と自由の相互承認って評価できるの?そもそも自分は、自由と自由の相互承認が実践できてるの?んー。。分からん。。分からん。。


・子どもたち自らが問いを立てているか?という苫野さんの問いにハッとする自分。そうだよ。その根本に戻らなきゃダメだ。子どもたちってたくさんの問いを持っている。その問いがどんどん学校で教育を受ける度に、シュー…と消えていく。それじゃあ、子どもたちの意欲はなくなるに決まってる。子どもたちの問いから発せられる授業構成・単元構成。作らなきゃ。教育の根本に戻らなきゃ。


・自由と自由の相互承認を自分の実践を補強するために使っているのだとしたら、それはダメ。その通りだなぁ。自分が陥りそうな構造。気をつけよう。


・様々な方々の話を聞き、自分の実践を大きく変えてくれそうな突き抜けた方にたくさん出会う。社会科の超魅力的な探究学習を実践されている先生。学級経営も、部活動も、探究がキーワード。部活動はプロジェクトだよね、にズドーン。俺は本当に中途半端なことしてるなぁと内省。全ての教育活動のキーワードは、「自由と自由の相互承認」・「探究」。これが本当に自分がやりたいやつじゃん。振り切った実践をされている方に出会い、振り切る覚悟ができた今日。今はまだ中途半端なことをしている自分。でも、自分の今後の実践が、どんどん良くなるはずだという明るい兆しも見えた今日。それだけでも、参加して良かった!


・まだまだ自分は保安官バッジをつけて生徒を見てしまっているんだなぁと内省。苫野さんの本に書かれていた信頼と忍耐。わかる。わかるけど、めちゃくちゃ難しい。信頼しきれず、忍耐しきれず、ピピーと、保安官になって登場してしまう自分。違う違う。生徒と教師って、そんなツマラナイ上下関係じゃない。生徒と共に歩んでいく探究者であれ!今日は強く思った。


・社会科における探究的な実践。どうあるべきなのだろうか。自分の場合、社会科の専門性とどうリンクさせていくべきか、強く考える。歴史の場合、解釈型歴史学習や考える日本史授業。歴史を学ぶ意義は、上記の実践に凝縮されていると考える。地理の場合、自分の頭の中で駆け巡っているのは完全にブラタモリ。理科の地学と連携してやろうって。じゃあ地理の他の分野はどうなのってことなんだけど、分かりません笑。自然地理的な部分って、いくらでも実験できる。扇状地やら季節風やら。どう実験すべきかは全然分からないけど笑。人文地理的な部分は、、まだ分からん!笑。公民は、PBLが良いなぁ。プロジェクトを実践し、知らず知らずに必要な知識を学び取る感じ。今日、学んだことの一つに、探究をやって抑えられなかった知識は、生徒を安心させるために、学び合いでプリント学習を2時間だけとったり、1時間ぐわぁって一斉授業をして知識を保証したり、なんらかの形で戦略は組めるということ。本当に生徒が主体的になる社会科学習ってどうあるべきか。後何年かあれば、一つ突き抜けられそうな予感。


・まだまだ自分は受動者として参加してしまっているなぁと感じた。風越コラボから何かを学び取ろうと思って参加しているけど、風越コラボで何かを生み出そうと思って参加していない。でも、違う!完全にそれ受動者やん!と、振り返り、自分のケツを叩く。もっと能動的に参加せんと。主体的な学びと言ってる自分に、主体性がないじゃないか!


・小さくまとまってはいけない。そう、目の前の子どもたちに照らして、原理に照らして、理想に照らして、目指すべき未来に照らして、実践を作り上げていく。学校という場のせいにしている自分もいたけど、やっぱ違う。探究的な学びをどの場でも実践されている先生はいる。自分の問題。小さくまとまらない。子どもたちのパッションを大切にする教育。


以上。


他人の物語ベースから自分の物語ベースへ【前田裕二さんと宇野常寛さんの動画を見て】

通勤中は車の中で動画を見ることが日課となっています。

 

最も見るのが多いのは、こちら。

 

 

卓球部を持っているので、どうしても毎日の更新が気になってしまう。

 

あとは、自分の興味関心に従って、Youtubeで動画を漁っているのですが、今日の朝見たのは、この動画。

 


【無料部分】〈HANGOUT PLUS〉前田裕二×宇野常寛 スマートフォン以降、人間の心を動かすものは何か

 

面白かったなぁ。

 

00年代前半くらいまでは、他人の物語を消費する時代だった。

 

例えば、CDがめちゃくちゃ売れたり、テレビで流行のドラマに皆が注目していたり。

 

自分の物語とは関係のない、他人が作る物語を消費する時代だった。

 

しかし、インターネットが当たり前となり、自分の情報を様々な形で世に出せる今の時代は、他人の物語の消費よりも、自分が物語に参加することや、自分の物語を構築していったり表現していったりすることの方がそれぞれの人にとって、コンテンツとしては面白いものになる。

 

前田さんは、例として、テレビが流れている時に好きな子からラインが来たらそれに返信しますよね、と話をしていたけど、確かにその通り。

 

インスタやツイッターFacebookでいかようにも、自分の物語を共有できる時代。

 

人は、他人の物語よりも自分の物語の方に強い関心がある。それは、自明だと思う。

 

なら、社会のデザインを、他人の物語ベースではなく、自分の物語ベースに主軸を置いた方向に変えていくべきなのではないか。そんな話で、実際に、前田さんは、そんな意識のもと、Showroomをコンテンツとして作り、提供している。

 

www.showroom-live.com

 

自分は、その発想に大賛成。

 

学校という場所も同様の発想で変えていくべきだと思う。

 

決まり切った学習内容を教師から教えられて学んでいく学校教育の在り方は、まさに他人の物語の消費。でも、それってツマラナイよなぁ。

 

そうじゃなくて、自分自身を内省し、自分自身が作ったどうしても解決したい課題を探究し、絶対にやってみたいと思った共同のプロジェクトに挑戦し、などなど。自分の物語が構築されていくような場に学校教育はしていかなくてはいけない。

 

同じように、教師の世界だって変われるはず。

 

人それぞれ、卓越した自分の物語の世界は持っている。

 

教科指導のプロ。学級経営ならこの人。生徒指導がカリスマ的。部活では絶対に県大会を逃さない。などなど、自分の物語の山を、教師って築いていく職業だと思う。

 

でも、その自分の物語をコンテンツとして表現する機会って、実はあまりない。

 

でも、教員の自分の物語って、大きな価値を持つのではないかなぁ。

 

そんな価値を、価値に見合う対価で表明できる環境がネットの世界にあるべきだと思う。

 

自分なりのプリントだってたくさんあるはず。指導案だって、何度も書いていてデータは残っている。でも、その自分なりの世界って、大きな価値を生み出しそうにもかかわらず、自分と子どもだけの世界で完結しがち。

 

それってもったいない。

 

教員の個人的な世界を表出できて、共有できる場。そして、そのコンテンツに見合った対価が得られる場。そんな場があれば魅力的だなぁと思う今日この頃。

 

よく教育委員会は、◯◯県の教育のために、とか、◯◯市の教育のために、とか言うけれど、このネット社会において、どこどこの教育のためにと教育環境を区切るのはナンセンスで、一番はたくさんの人が繋がりあって、自分ができる最高の教育を日々実践し、更新していくことだと思う。

 

そんな繋がりを生み出せるプラットホームを作れないかなぁ。

 

教師の自分の物語をもっと共有できるシステムっどんなものかな、と考える日々。

 

うん、いろいろと考えさせられた動画でした。

粋な大人になりたい【まだまだ我に勝てない自分】

今日は暑かった。

 

暑かったので、学校全体で熱中症対策として部活をなしにし早帰り。

 

明日、最後の大会の代表校決定戦がある女子卓球部だけが学校に残っていました。

 

自分は男子卓球部の顧問。ずっと隣でその子たちの頑張りを見てきて、心の底から「頑張れ!」という気持ちです。

 

ただ、暑くて暑くて、「なんで私たちだけ残らなきゃなん!」とモチベーションが低い彼女たち。

 

余計なことを言っても仕方ないので、差入れにアイスを買ってきました(笑)

 

女子卓球部の顧問の先生は出張中。

 

「俺と、◯◯先生からの差入れだよ」

 

と言って。

 

生徒はとっても喜んでいたし、モチベーションも回復したかな。生徒たち、そして自分にとっては、良いことをしたのかな、という感じ。

 

ただ、反省。

 

「俺と」

 

なんて言わなくてよかった。。

 

「◯◯先生からの差入れ預かっといたよ。明日会ったら、ありがとうございます、と伝えといてな!」

 

それだけでよかった。

 

うん、心の奥底に、「自分も感謝されたい」という我があったのだろうな。

 

あぁ、、格好良くないなぁ。

 

粋じゃない。

 

自分への感謝とかどうでも良いから、◯◯先生と生徒たちの関係がより深まるような働きかけにすれば良かった。

 

今の尊敬する学年主任は、そんな粋な働きかけができる格好良い先生。

 

そんな、粋な行動が、当たり前のようにできる人間になりたいなぁ。

 

後輩ができた時、自分は度外視して、自然にその後輩と生徒たちの関係性が良くなるような働きかけができる人としての余裕。そんなものを纏えるようになりたいな。

 

そんなことを思った今日でした。